まるわかりハーグ条約

ハーグ条約は国境を越えた子どもの移動に関する条約です。多くの皆さんに正しく知ってもらえるようにコラムを執筆します。ぜひお読みください。(本コラムはロサンゼルスの事例を中心に紹介しています。)

2020年 9月 8日更新

DVでお悩みの方へ (2)

前回同様、ロサンゼルスのLittle Tokyo Service Center(LTSC)のケースワーカーの方にインタビューした内容をご紹介します。前回はDVとはどのようなものか、DVが被害者と子どもに与える影響、日本人被害者から受ける相談の内容等について伺いました。今回はDV被害を受けた方が利用できる支援内容や自分自身の安全を守るための手段についてです。

日本人の方がDV被害を受けた場合、どこに相談すれば良いのでしょうか?

いかなる理由があってもDVは許される行為ではありません。そして被害者一人の力では抜け出せない状態にあることが問題です。「自分にも悪いところがある、自分さえ我慢すればよい」などと考えて、誰にも相談できないでいるうちに状況はますます悪くなります。勇気を持って相談窓口や専門機関に相談しましょう。アメリカには様々な相談場所があります。状況に合わせてどこに相談したらよいか知っておく必要があります。

<警察への相談>

暴力がエスカレートして身の危険や命の危険を感じたら迷わずに、911(警察)に電話をしてください。夫婦であっても暴力は犯罪行為です。状況に応じて警察は医療サービスの紹介、緊急シェルターへの連絡や一時的な緊急保護命令獲得の支援をしてくれます。

<病院での受診>

DVによる怪我や健康状態の悪化がある場合は病院の緊急診療に行くことをお勧めします。病院では必ず来院の理由を最初に聞かれます。正直にDVが原因の怪我であることを伝えてください。アメリカでは医療関係者はDV被害者が来院した場合は警察に通報する義務があります。大きな病院ではすぐにソーシャルワーカーが来て話を聞いてくれますので、落ち着いて、安全で公平な状況で警察に通報することができるのです。

健康保険を持っていなくても、カリフォルニアの被害者救済プログラム(California Victim Compensation & Government Claims Board)1-800-777-9229によって医療費を負担してくれる場合があります。

DV被害は受けていても、緊急ではない、または怪我をしていない場合はどうしたら良いでしょうか?

今すぐ危険な状態ではないが、DVで悩んでいて誰かに相談したい、自分がこれからどうしたらよいか分からないという場合は、迷わずLTSCに相談してください。日本語でケースマネジメントや、カウンセリング、法律相談ができます。LTSCは外務省の支援を得て在ロサンゼルス日本国総領事館と協力し、特に日本人及び日本に関連した方々を対象に主に南カリフォルニアとアリゾナ州に住む日本人の方々にサービスを提供しています。そして全米で日本人DV被害者を支援しているいくつかの団体と繋がっていますので他の地域の方々にも近くの相談窓口をご紹介することができます。LTSCの電話番号は213-473-3035で月曜日から金曜日の午前9時から午後5時まで相談を受け付けています。(https://www.ltsc.org/

離婚に向けて法的な相談をしたい場合はどうしたら良いでしょうか?

カリフォルニア在住でDVを理由に離婚を検討している、子どもの親権や滞在資格、接近禁止命令について法律的な助言が欲しいが、弁護士をどう探していいか分からない、弁護士料を払えないという場合は非営利団体の法律相談団体のリーガルエイドファンデーション・ロサンゼルス(LAFLA)の日本語ホットライン323-801-7913、あるいはアジアンアメリカン・アドバンシングジャスティス(AAAJ)のホットライン1-888-349-9695に電話して相談してください。

自宅以外に行く場所がない被害者の方が利用できる支援はあるのでしょうか?

DVから逃れるために家を出る決心をした、あるいは家を追い出されて行く場所がないと悩んでいる場合は日本語で支援を受けられるシェルターがロサンゼルスにあります。センター・フォ・パシフィックアジアンファミリー(CPAF)には24時間対応のホットラインがあり、日本語で相談ができます。電話番号は1-800-339-3940です。また全米でDV被害者の支援をしている団体はナショナル・ドメスティックバイオレンス・ホットラインです。200以上の言語で24時間、相談を受け付けています。電話は1-800-799-7233です。またロサンゼルス郡ドメスティックバイオレンスホットライン1-800-978-3600も24時間無料で相談を受け付けているので覚えておきましょう。

親しい友人に相談し、支援を受けて背中を押され行動を起こした方々もいます。しかし、時に加害者は被害者の友人やその家族までも標的にする場合がありますので最終的には専門家への相談が必要となります。

DVに関する相談は他の人には知られたくない問題です。各団体には守秘義務があり、相談内容や相談者の情報が他に漏れることはありません。安心して相談してください。

DV被害者の方がご自身の安全を確保するためにできることは何でしょうか?

DV被害者が安全を確保するには、加害者から離れることが先決です。しかし決心がつかない場合や、別れた加害者からの危険を感じる場合は、安全プランを考えておく必要があります。助けを求める連絡先の番号を記憶しておく、あるいは持っておく、家の中でも携帯電話を身につける、大切なもの(パスポート、現金、車のスペアキー、グリーンカード、ソーシャルセキュリティカード、運転免許証、子どもの出生証明書、最低限の衣類、薬、その他の重要書類)を一つにまとめ、いつでも逃げられるようにしておく、あるいは大切な書類のコピーを取って信頼できる人に預けておく。加害者と共同で開設した銀行口座がある場合は、別の銀行で個人口座を開いて当座の資金を確保しておくことも必要です。家を出る計画を考えておき、状況により子どもにも理解できるよう状況を伝えておきます。護身術を学んでおくことも役に立ちます。

外出するときは同じルートを取ることを避けます。子どもに911(警察)への電話のかけ方を教え、助けてくれる人の連絡先も教えておきます。追跡を避けるために、避難先の情報となるものや、住所録、手紙などは残しておかないことも覚えておきましょう。友人や支援をしてくれる人と助けが必要な時の合言葉を作っておくことも役に立ちます。

家の中で危険を感じた場合はどうしたら良いでしょうか?

家の中で危険を察知した場合は武器になる刃物等がある台所や、浴室やクローゼットなどの狭い場所を避け、脱出できる窓やドアや電話がある場所に入り鍵をかけます。911に電話した場合は応答した人の名前とバッジ番号を聞いておきましょう。怪我をした場合は怪我の状態と自分の顔、日付を入れた写真など、加害者の暴力の証拠を取っておきます。病院に行き、医師には暴力を受けたことを正直に伝え、診断書を取っておきましょう。911に連絡をして警官が来たとき、または病院でDVの通報があって警官が来たときに、パートナーを犯罪者にしたくないと報告を拒否する方々を見かけますが、怪我をさせるほどの暴力は立派な犯罪で躊躇することはないと覚えておいてください。犯罪の立証がない場合、後の接近禁止命令などの法律的な手順に支障をきたすことになります。

危険がある場合は、加害者を被害者に近づけないために接近禁止命令が出るのでしょうか?

接近禁止命令とは被害者の安全の確保として裁判所から発行される法的保護措置です。DVの危険性がある時に、警察の申し立てにより判事が緊急保護命令を発します。緊急保護命令が必要とみなした場合は、警察が裁判所に連絡を取ります。24時間いつでも手続きができ、5日間から7日間有効となります。その後、被害者本人が裁判所に一時的接近禁止命令を申請します。有効期限は20日間から25日間です。そして正式に5年まで延長できる接近禁止命令を取るための裁判へと繋がります。その命令は州のシステムに登録され、全米で有効となりますが、被害者が州外に転居した場合には、被害者は新しい居住地の警察に転居を届け出る必要があります。保護命令が出ているにもかかわらず、加害者が被害者に接近した場合は、警察は加害者を逮捕することができます。

またDV加害者から逃げることを決心した、家を追い出されたという時はシェルターに入居して安全を確保することもできます。シェルターでは衣食住が支給され、危険回避だけでなく、今後の生活に何が必要かを一緒に考えてくれます。

滞在資格がない被害者の方も支援を受けられるのでしょうか?

滞在資格がないために、DVに耐えている、また身動きが取れない、という被害者への救済措置にはVAWA(Violence Against Women Act)とUビザ (U Visa:犯罪被害者移民に対するビザ)があります。VAWAは女性に対する暴力に関する法律で、米国市民権保持者もしくは永住権保持者から虐待を受けた移民やその子どもたちが配偶者のスポンサーなしで永住権を申請することができ、また2年の期限付き永住権を10年の永住権に更新することが可能となります。DVの証拠や加害者との結婚生活を証明できる書類を提出することにより申請できます。またUビザは暴力を振るう加害者が米国市民権保持者および永住権保持者のいずれでもない場合に申請できます。UビザはDVに限らず、特定の犯罪被害者に対して発行される4年以内の米国における一時的な法的身分と労働許可を認める非移民ビザであり、被害者の配偶者、子ども、未成年のきょうだいや両親なども対象になります。このビザの取得には犯罪がきちんと報告されていること、犯罪被害者が警察機関に協力できることという条件が満たされれば警察が証明書にサインをします。これらの申請には専門の弁護士やDV支援団体の協力が必要となりますので、ご相談ください。

言葉の問題も安全を確保するためには障害となります。日頃から自分を守るために最低限の英語力を身につけておくことも大切だと考えます。

加害者と離れたい、離婚をしたいと考えている被害者の方にアドバイスはありますか?

DVのために加害者と離れることを考えている、離婚したいがどうしたらよいかわからないという方はまず、LTSCにご連絡ください。LTSCではシェルターの情報提供、法律相談のほか、日本語を話すカウンセラーが話を聞いてくれます。誰かに話すことにより、自分の中で進むべき道が決まってくることはよくあります。何度もLTSCに相談し、何年もかけて決心し、シェルターに移って自立を目指している方はたくさんいます。まずは加害者と離れたいと強く思うことが、重要です。

<シェルターの利用>

DV被害者が駆け込む場所であるDVシェルターには当面の危険を回避するために入居する緊急シェルター(Emergency shelter) や、その後の自立を目指す移行型支援シェルター(Transitional shelter)があります。緊急シェルターでは法律相談、政府の福祉申し込み、接近禁止命令獲得の支援、子どもの学校の手続きやカウンセリングも受けられます。滞在期間はシェルターによりますが、数週間から3ヶ月間ほどです。その後、移行型支援シェルターに入居申請をして受理されれば、そこで生活しながら、学校や職業訓練所に通い、DVから脱却する学習を通して、あらゆる支援を得ながら、自立する準備をしていきます。滞在期間は最長で2年ほどです。

<低所得者への公的支援>

経済的事情により加害者と離れることをためらっている方々はカリフォルニアで、どのような福祉があるのか知っておく必要があります。カルワークス(Calworks)は妊娠しているか19歳以下の子どものいる低所得の家庭に一時的に現金を支給するプログラムです。またメディカル (MediCal)という健康保険、カルフレッシュ(Calfresh)と呼ばれる食料支援プログラム、その他にも低所得者のための公的支援が幾つかあります。

<離婚について>

離婚を検討している方はまずアメリカの離婚のシステムを知ることが大切です。離婚を含む家族法は州によって異なります。カリフォルニア州では離婚を成立させるために裁判所の離婚判決が必要となりますが、夫婦のどちらかが離婚を申し立てれば、裁判所で離婚の原因を述べる必要がない「無過失離婚」(No-fault divorce)が認められています。不倫による慰謝料もありません。しかし、子どもの親権、面会交流権、養育費、配偶者扶養費、財産分与などについては協議することになります。そして子どもの親権や面会交流権の決定においては、DVの事実が考慮されます。申請には申請前に6ヶ月以上カリフォルニア州に住んでいること、申請前に申請するカウンティ(郡)に3ヶ月以上住んでいることが求められます。婚姻期間が5年以内で子どもがなく、分与する財産もない場合は6か月ほどで簡易離婚が成立しますが、協議するべき問題がある場合は調停もしくは裁判所の判決によって合意を得ることになります。

日本への帰国を考えている日本人のDV被害者が注意すべき点はありますか?

16歳未満の子どもがいる場合、ハーグ条約に気をつける必要があります。ハーグ条約は国際結婚をした夫婦だけではなく、日本人同士の結婚であっても、夫や妻の許可を得ずに無断で子どもを他の締約国(日本と米国は、両国ともハーグ条約を締結しています。)へ連れ去る場合に適用されます。DVのある家庭のみならず、夫婦間の不和から子どもを連れて日本に帰りたいという相談をよく受けます。

LTSCでは、まずはハーグ条約についての正しい情報を得るように勧めています。子どもを連れて日本に帰る可能性のある場合は、日本国外務省のホームページのハーグ条約の記述を参考にしてハーグ条約についての理解を深めていただくのが良いと思います。ハーグ条約の原則は子どもを元いた国へ返還することです。DVを理由に子どもと日本に帰国後、ハーグ条約に基づく裁判で子どもの返還決定が出され、子どもが米国に戻ることになった事案もあると聞いています。ハーグ条約についての正しい情報や、自分の状況がハーグ条約の対象になるかなどを知るために、外務省ハーグ条約室にお問い合わせいただくのも良いかと思います。

片方の親が他国に子どもを連れていく場合の承諾を証明するには渡航同意書を用意する必要があります。 渡航同意書には片方の親が子どもを他国に連れていくことに同意するという文章の他に、両親の情報と署名、旅程、パスポート番号などの記入が必要です。渡航同意書の準備ができない場合には、同行しない親に航空券のチケットを購入してもらい証明を取っておくと良いと思います。出入国についての決まりは国によって様々です。あらかじめ渡航する国の情報を集めておきましょう。アメリカ合衆国国務省情報局によれば、未成年の子どもの海外渡航に関して出国制限や両親の同意書の要求はないと書かれています。しかしハーグ条約を考慮すれば準備するのが無難でしょう。渡航同意書は入国審査の際に自ら提示する必要はありませんが、提示を求められた際は必要です。またアメリカの未成年者のパスポート申請及び更新には原則として両親の同行を求められます。詳細については弁護士にお尋ねになることをお勧めします。

最後に、 DV被害を受けている被害者の方にメッセージをお願いします。

暴力の回数やその程度はあまり重要ではありません。あなたが夫または妻から「支配されている」と感じ、傷ついているかどうかが問題です。もしそう感じるならDVと考えてよいでしょう。苦しみの日々から目覚めてください。ご自分をもっと大切にして、人としての尊厳に気づいてください。叱られたり殴られたりするのは自分に悪いところがあるからだ、私を愛しているからこそ厳しい言葉を投げてくるのだ、普段は優しい人なのだから今だけ我慢すればいい、逃げたらもっとひどいことをされる、子どもが学校に行けなくなる、生活費をもらえないなど様々な思いから抜け出せずにいることがあります。そもそも自分がDVを受けているという認識さえ持てない場合もあります。一体、自分は幸せな夫婦関係であると言えるか考えてください。病的な関係の中で子育てを続けることは子どもにとって幸せなことでしょうか?DVのある家庭で育った子どもは年齢より成熟している場合があります。親を守ろう、きょうだいを守ろうとして頑張ります。でも子どもは傷ついています。DVの関係から抜け出すことについて子どもに意見を求めることも良いことではありません。あなたがそこから抜け出す決心をし、保護を求めることはあなた自身のためだけでなく、子どものためでもあるのです。先に述べたようにあなたにはたくさんのサポートがあります。相談機関に相談し、辛いことを話し、そこから解放されて幸せになってください。私たちがお手伝いします。

カリフォルニア州ではDV被害にあったとしても、DVから抜け出すための支援が複数あることが分かりました。貴重な情報を提供してくださったLTSCのケースワーカーの皆さんありがとうございました。

説明にもあるとおり、離婚の際には、子どもの親権、面会交流権、養育費などについて取り決めをする必要があり、また離婚後はそれらを守る必要があります。海外で生活する日本人にとっては、母語ではない言語でその国の法律や制度を理解することは時にハードルが高いこともあるかもしれません。ひとりで解決することが難しい場合は、その国の支援を活用しつつ、問題解決を試みていただきたいと思います。DVでお悩みの方は是非LTSCのような支援団体にご相談ください。

ハーグ条約についてご不明な点がありましたら、外務省ハーグ条約室までお問い合わせください。

※コラム内の説明には、専門・法律用語ではなく、できるだけ分かりやすい表現を使用しています。正確な用語や詳細については外務省ハーグ条約室のホームページをご覧ください。

2020年 9月 8日更新

ハーグ条約について知りたい方は以下をご参照ください。

Information

広報班外務省ハーグ条約室(外務省ハーグ条約室)

日本では2014年4月1日にハーグ条約が発効しました。ハーグ条約では各締約国に中央当局の設置を義務づけており、日本では中央当局を外務大臣とし、その実務を外務省ハーグ条約室が担っています。

ハーグ条約室では、少しでも多くの方に正しくハーグ条約について理解してもらうべく、国内外で広報活動を行っています。

ハーグ条約について様々な角度から解説していきます。ご不明な点がありましたら、以下までお問い合わせください。

外務省ハーグ条約室

日本、〒100-8919 東京都千代田区霞が関2丁目2-1
TEL:
+81-3-5501-8466
EMAIL:
hagueconventionjapan@mofa.go.jp

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