まるわかりハーグ条約

ハーグ条約は国境を越えた子どもの移動に関する条約です。多くの皆さんに正しく知ってもらえるようにコラムを執筆します。ぜひお読みください。(本コラムはロサンゼルスの事例を中心に紹介しています。)

2020年 7月 2日更新

親による国際的な連れ去りが子どもに与える影響

子どもの連れ去りは両親間だけの問題ではなく、子どもにとっても大きな影響を与えます。一概には言えないこともありますが、欧米での研究をもとに、かつ、ハーグ条約が取り扱う国境を越えた不法な連れ去りに焦点を当てつつ、子どもに与える影響についてご紹介します。日本の文化背景を持つ子どもが欧米の子どもと同じように影響を受けるとは限りませんが、どのような文化背景を持とうとも、子どもの心理には共通する点があると思いますので、ご参考までにお読みください。

まず、ハーグ条約事案に関与した当事者の特徴についてご説明します。

  • 子の年齢:3~7歳が最も多い(平均6.8歳前後)
  • 子の平均人数:1.3人/案件
  • 連れ去った親と子の関係:母が73%、父が24%、その他3%
  • 60%の連れ去り親が自分の国籍国に連れ去っている
  • 実際に子が返還された割合:45%
  • (出典:2017年統計資料 ハーグ国際私法会議事務局作成)
連れ去りが起きる前の子どもの心理

連れ去りが起きる家庭では、連れ去り以前から家庭の中で日常的に不和が積み重なっていくものと思われ、そうした環境の中にいる子どもは次のような心理的状態になりやすいと言われています。

  • 子は両親の仲が悪いのを感じ取ると、「わたし/ぼくがもっと良い子だったら…」と子は自分に責任があると感じ、罪悪感を覚える。
  • 親の仲が悪い原因は自分にあると思う子は、自己肯定感が下がり、自分は価値のない存在とまで思うことがある。
  • 両親が離婚する、別居するという理由が分からない(大人の理由を子どもに上手く説明できていないことが多い)ので、混乱、怒り、緊張、不満、不安、恐れを感じる。

連れ去りが子どもに及ぼす影響

連れ去られる子どもが、事前に親からその計画を聞かされていることは希で、子どもは何の心の準備もなく、ある日突然、全く違う環境に連れて行かれます。保育園や学校の友だち、先生、親戚、近所の人達の誰にも別れも告げられないまま、住み慣れた場所を去ることになります。新しい土地では、言葉も習慣も違います。この急激な生活環境や人間関係の変化は、幼い子どもに大きな影響を与えます。国際的な子の連れ去りの研究の第一人者である、英国のマリリン・フリーマン教授が2014年に発表した論文では、調査対象者(子どもの頃に連れ去られた経験がある成人34名)の74%が非常に大きな影響を受けたとし、それほど重大ではないが影響を受けたとする対象者を含めると、その数は91%になります。現実的な影響はなかったと回答した対象者は全体のうち9%でした。影響を受けたと回答した者の多くは、その影響は長期に渡り、成人してからも様々な精神的影響を受け続けていると報告しています。このうち70%の対象者は母親に連れ去られていますが、母親のことは誘拐者ではなく監護者として認識しています。それでも、上記のように大きな影響を受けたと報告されており、連れ去られた経験がいかに深刻な結果をもたらすかが分かると思います。

では、具体的にどのような影響を連れ去られた子どもは受けているのでしょうか? まず、「愛着」に問題を持つケースがあげられます。(「愛着」とは、子どもにとって、自分が「安全だという感覚」を確保しようとする本能に基づき、危機的な状況、あるいは 潜在的な危機に備えて特定の対象(子どもの世話をする人)との親密さを求め、これを維持しようとする傾向のことを言います。また、その特定の対象との情緒的な結びつきを指し、確固たる絆とも言えます。) 連れ去られた子どもは、元々住んでいた国に残された親から見捨てられた、あるいは自分の家族とつながることができない、と感じるだけではなく、成長してからも他者と親密な関係を持つことが難しいことが報告されています。子どもは、親は自分のことを真剣に扱っていない、あるいは自分の意見は重要に思われていないと感じます。そうした思いから始まり、次第に混乱、恥、自己嫌悪、孤独、怒りを感じ、安心感が持てない、裏切られた、だまされた、人を信じられない、というような感情を抱くケースもあります。中には暴力的な行動をとるケース、学業に専念できない、引きこもり等の問題がでるケースや、感情の欠如や拒絶感が報告されているケースもあります。また、残された親から逃れるため、逃亡を続ける子どもには、教育や医療を満足に受けられない、アイデンティティーの喪失なども報告されています。

さらに、連れ去りの後、元々住んでいた国に返還された場合であっても、子どもへの影響は大きいようです。子どもは、残された親との再統合(家族が再び共に暮らしたり、連絡をとること)は難しく、困惑と喪失感を感じ、どこにも根を下ろしている感じがしない、信頼関係を築くことが難しい、さらには、精神疾患を持つという報告もあります。

連れ去りの影響を小さくするため必要なこと:子どものレジリエンスを育む

子どもへのこうした影響を減ずるには、連れ去り後の支援が大切です。心身の不調から、カウンセラーに相談に行くケースも多いのですが、親による連れ去りの問題は特殊なため、専門家が少なく、また、学校や地域のコミュニティーでも「親と一緒にいるのだから」と子どもの置かれている状況が深刻なものであるとみなされないことが多いため、子どもやその家族への適切な支援が行き届かず、子どもは長期に渡って連れ去りの影響を受けてしまうようです。特に、ハーグ条約に基づき返還された子どもは孤独を経験しやすいため、再統合の際の心のケアは大変重要だとされています。

人間には、困難を経験してもそこから回復して環境に適応していくレジリエンスと呼ばれている力があります。このレジリエンスを育むには、家族や親戚、地域や学校の支援、福祉などの社会的資源、ロールモデルの存在などの環境作りが重要であるとされます。

子どもをこうした影響から守るために

配偶者との関係が破綻してしまうと、異国で子どもを育てて行くことは大変な苦労を伴う可能性があります。DVなど深刻な事態に陥っている場合もあるかもしれません。日本の両親の側で支援を受けながら、子育てをする方が望ましい、と思うこともあるかもしれません。しかし、もう一方の親の承諾なしに国境を越えて子どもを連れ去る、あるいは合意した期間を過ぎても子どもを元の国に返さないことによりハーグ条約に抵触し、長引く法手続きの間、両親のはざまで子どもは様々な思いや経験をすることになり、それが長い間子どもの心身に影響を及ぼすこともあります。「連れ去り」をしてしまう前に、ひとりで思い詰めないで、まずは地元の弁護士や外務省ハーグ条約室にぜひご相談ください。

ハーグ条約室の連絡先
Email: hagueconventionjapan@mofa.go.jp
Tel: 81-3-5501-8466
《参考文献》
  1. ケント・ウインチェスター/ロベルタ・ベイヤー、高島聡子/藤川洋子訳 (2015)「だいじょうぶ! 親の離婚」日本評論社
  2. 野口康彦(2010)「親の離婚を経験した子供の精神発達に関する研究」 風間書房
  3. ジョン・ボウルビィ、作田勉訳(1981)「ボウルビィ 母子関係入門」星和書店
  4. 本田麻希子、遠藤麻貴子、中釜洋子(2011)「離婚が子どもと家族に及ぼす影響についてー援助実践を視野に入れた文献研究」東京大学大学院教育学研究科紀要 第51号
  5. マーク・W・フレイザー編著、門永朋子/岩間伸之/山縣文治訳 (2009)「子どものリスクとレジリエンス」ミネルヴァ書房
  6. Freeman, M (2014) Parental Child Abduction: The Long-Term Effects, International Centre for Family Law, Policy, and Practice
  7. Frans M. Mahlobogwane (2014) PARENTAL CHILD ABDUCTION CASES: PREVENTION IS BETTER THAN CURE, Originated from the conference of The International Journal of Arts and Science at Harvard Medical School, Boston.
※コラム内の説明には、専門・法律用語ではなく、できるだけ分かりやすい表現を使用しています。正確な用語や詳細については外務省ハーグ条約室のホームページをご覧ください。

2020年 7月 2日更新

ハーグ条約について知りたい方は以下をご参照ください。

Information

広報班外務省ハーグ条約室(外務省ハーグ条約室)

日本では2014年4月1日にハーグ条約が発効しました。ハーグ条約では各締約国に中央当局の設置を義務づけており、日本では中央当局を外務大臣とし、その実務を外務省ハーグ条約室が担っています。

ハーグ条約室では、少しでも多くの方に正しくハーグ条約について理解してもらうべく、国内外で広報活動を行っています。

ハーグ条約について様々な角度から解説していきます。ご不明な点がありましたら、以下までお問い合わせください。

外務省ハーグ条約室

日本、〒100-8919 東京都千代田区霞が関2丁目2-1
TEL:
+81-3-5501-8466
EMAIL:
hagueconventionjapan@mofa.go.jp

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