- インプラント死亡事故で歯科医を書類送検 業過致死容疑
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東京都中央区の歯科医院で2007年、インプラント手術を受けた患者がその後死亡した事故で、警視庁は1日、医院の実質的経営者で施術した歯科医(67)を業務上過失致死容疑で書類送検し、発表した。 同庁によると、「ミスはなかった」と容疑を否認しているという。
捜査関係者によると、書類送検されたのは「飯野歯科」の飯野久之歯科医。 捜査1課によると、都内の会社役員の女性(当時70)は07年5月22日午後、下あごの右奥歯の手術を受けている最中に具合が急変。 人工歯根を埋め込むために開けた穴があごの骨を貫通し、その下の動脈が損傷、翌日午前、その出血に伴う血腫により窒息死した。 飯野歯科医は、下の動脈の存在を認識し危険性を予見できたのに、注意を怠ったままドリルで骨に穴を開けた疑いがある。
(朝日新聞デジタル版8月1日記載より)
http://www.asahi.com/national/update/0801/TKY201108010135.html
上記のニュースを見た方聴いた方がいらっしゃるかと思いますが、この事件への解説とコメントをしたいと思い、あえてこの場でご紹介します。 この悲惨なニュースはインプラントロジストである私はもとより歯科医療に携わる全ての者にとってショックなものであります。 また、ご遺族の方やお亡くなりになられた患者さん御本人にとっても残念な出来事です。 どうしてこのような惨事が起こってしまったかという事を考えてみたいと思います。
ここでお断りをしたいのは、私はもとより当事者以外の誰にも本当の事はわからないと言うことであり、この度は警察や関係者の間で発表されている内容に基づいてのコメントをさせていただくという事です。 また私のコメントはこの歯医者さんを中傷するものではなく、事件を基に我々がどういうことを学び考え、今後に役立てていくかと言う事です。
インプラントを埋入する際にはドリルを使用します。 この時に最初はパイロットドリルと呼ばれる位置決めをする細いドリルを使用します。 そして徐々に径の太いドリルへと移行して最終の径までの穴を開けます。 その際、ドリルには細かにメモリが打ってあり、ドリルの先端が骨頂からどれだけの深さにあるかが把握できるようになっています。 システムによっては設定した深さ以上にドリルが行かないようにする為のストッパーがついているものもあります。 設定した深さまでドリルを細心の注意を払って使用するのはインプラント外科に携わる者にとってみれば基本中の基本行為なのですがこれは主に上顎であれば上顎洞に貫通させない為また下顎であれば下顎神経管に貫通させないためであります。 最近はそれをガイドする為にCTスキャンを用いたりコンピューターを使ったガイド等を使用することもあります。 今回の事故の様に動脈を切断するというような事は通常ではありえない事であり考えられないことであります。
この術者は 「顎の骨を貫通しその下の動脈を損傷…」 とありますが歯医者ならだれでも舌下には無数の動脈があり、我々歯医者にとって見れば、禁断の区域である事はだれでも解かっていなければならない常識です。 日本であっても米国であっても、インプラント治療は、歯医者なら誰でも参入出来る治療法です。 特に日本では多くの歯医者は業者の主催する週末コースに参加することによってインプラント治療に挑戦していく事が多いのが現状です。 ひとつには大学において確立されたインプラントのプログラムがなかったのが一つの原因です。 基本的なトレーニングがないままインプラント治療をしているドクターときっちりとしたインプラントのトレーニングを積んだドクターとの違いは困難な治療に直面した際にはっきりと現れます。 今回事件を起こした歯医者は何千本というインプラントの経験があったように聴いていますが基本からきっちりと勉強したわけでは無かったようです。 万が一大量の出血が起こった際にそれが毛細血管から来ているものなのか、静脈からのものなのかあるいは動脈からのものなのかきっちりと把握して対処出来る歯科医でなければインプラント外科を手がけるのは無謀のように思えます。 我々歯医者はこの事件を教訓にして気持ちを引き締めて日々の診療に当たるべきであり、また患者さんの方も値段の安さだけを基に歯科医選びをするのは考える必要があるかも知れません。 特にインプラント治療においてはあとで取り返しがつかない事になる事もあるのです。
きっちりとした診断の基にプランされたインプラント治療はとても安全であり今回のような惨事につながるような事はありません。 インプラント治療においてこのような形で死者が出たのは40年以上のインプラントの歴史のある日本でも今回が初めての事です。 どの歯医者でインプラント治療を行うかという事は治療を成功させる上で大切な要素のひとつです。